August 2011アーカイブ

1400キロ

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再び地元へ。まだまだやらないといけないことが山のように。

さて。

今度のイベント「PANORAMA」に参加してもらう面々とミーティング。

参加してもらうTOBI君と84君は「Jumping Camping」という野外イベントも開催してる。

近辺の方は、そちらもぜひ。


その後、前記事で書いたように久しぶりに連絡をもらった友人達と会う。

この日もあの時と同じようにしこたま飲んだ。

で、東京へ帰ってからはスタジオリハーサル。

家でこつこつ曲作り。この2週間で溜め込んだ歌詞を一度ばらしたり。

聴いて欲しい欲。


今日はうたって

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スタジオでした。歌う。

何のタイミングかさっぱり分からないんだけど、15年以上会ってない友達からこの2週間で沢山連絡をもらう。
もちろん、懐かしくて嬉しいんだけど、不思議だな~と思っているこの頃。もはやファンタジー。
まだ会ってないけど、皆元気そうで何より。
15歳の時に初めて組んだバンドのメンバーとかもいて、今も音楽やっていることを聞いてなんだか嬉しい。彼らはもちろんリーゼントミュージック。


で、ここしばらくは、フェス三昧と、海旅行で久しぶりに夏らしいことを経験~。放つ~。
もともとは、どうしてもPILが観たくて観たくて。これはほんとに観たくて観たくて。
自分の中で、SEX PISTOLSというか、ジョニーロットンというか、ジョンライドンは、これ特別な存在で。
なんとか観に連れて行ってもらって高揚した。
と、その日観た中でHOUSE OF PAIN、中国のRE-TROSは、かっこよかった。

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NEXT LIVE 9月17日

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いつかはやりたいと思っていた、岡山でのライブ。

一番最初に話しをしたのは、もう1年前だったかな~。

ようやく形になりました。なんだかんだで嬉しい。


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2011.09.17(sat)

ZIU Presents
「PANORAMA」 at 津山K2
http://tsuyamak2.web.fc2.com

OPEN/17:00   CLOSE/22:00
WF/1,500 yen
DOOR/2,000 yen

▼GUEST LIVE
NEON(CARIZMA)
MASMIN(TOKYO)

▼DJs
今井裕介(Punky Disco Rockerz)
E-ROXXX
84
KONDO
TOBI
TAKAAKI

▼PAINT
ハタグチ



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▼MASMIN
自ら作詞作曲を手がける実力派ボーカリスト。力強く伸びやかな声と表現力、ライブパフォーマンスに定評がある。 
JUJUをfeatした楽 曲で話題となったNYハウスユニット”Bliss”と、チルアウト&ダンスミュージックユニット”Nation”など数々のユニットのヴォーカルを担当。 
これまでに、新木場ageHaをはじめ都内を中心に全国各地でステージに立ち、そのライブパフォーマンスを披露している。 
" Bliss feat. MASMIN "として、"Jungle Voyage"(King Street Sounds)を、"Nation feat. MASMIN"として"Wanna FLY?"(Galaxy Recz)をリリースしており、今後は"Howling Soul"(Galaxy Recz)のリリースも控えている。 
まさに変幻自在のヴォーカリストであり、
見る者聴く者を魅了するアーティストである。
http://ameblo.jp/masminmasmin



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▼今井裕介
(Punky Disco Rockerz)
関西を中心に活動をしているエレクトロバンド"Punky Disco Rockerz"のフロントマン。
新たなソロワークとして"今井裕介"名義で地元津山にてライブ&DJとしての活動をスタート!

http://www.myspace.com/punkydiscorockerz

エフェクト

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しばらくは、ライブなんて行けない気分だな~っと思っていたんやけど、

自分が10代に大いに聴いて影響を受けたアーティストが立て続けに来日していて、

これ何のタイミングか分からないけど次々に誘いをいただいたので、有難く行かせてもらうことにした。

全部楽しかった。うっかりグッズも沢山買ってしまった。

それほど楽しかった。









NEON 【BAND SET LIVE】MOVIE

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7月末のバンドセットのライブです。



7月31日

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ここで書くのは止めようと思ったが、何でもここで報告してきたので、やはり書いておきます。

7月31日に母親が亡くなった。享年63歳。

今から4年前。自分が上京して1年が経過した頃だった。
「お母さん、癌かも知れん。」という電話をもらって、「え?」と言った覚えがある。
まだまだ若い。50代だ。
もちろんすぐに手術ということになり、実家のある岡山へすぐに飛んだ。
担当医の話しを聞きながら、手術が終わるのを待ちながらオヤジと励まし合った。
終わって、酸素吸入をされているオカンを見て、初めて事の重大さと何とも言えないもどかしさを感じたのは今でも覚えてる。その姿がよほどショックだった自分はひとりオカンのベッド横で2日間泊り込んだ。

担当医の話しでは、早期発見で悪いところは全て取り除いた、ということだった。
しかし、癌のタイプが「進行の早い。。。」という言葉だけは気がかりだった。

その半年後、大阪で大きなイベントに出演することになり両親を誘った。
息子の晴れ舞台を楽しみに車を飛ばして岡山から大阪までやってきた。
しかし、お客さんが何千人もいる中で、自分はリハ~本番もあるので、ずっと横にいれないということを伝え、前身バンドから大阪でスタッフをしてもらっていたツトムに両親を見てもらうように紹介した。ほんとに寒い駐車場の車の中で、「これ、ツトム。」「これ、オカンとオヤジ。」とたわいもない会話をして、オカンから「あ、そうそう。出演者の皆さんにこれを。」と、サランラップに包んだおにぎりを沢山渡された。恥ずかしかった自分は、「そんなの皆食べないって。」と言いながら、ツトムと2人でそのおにぎりを食べて笑った。初めて息子のライブを観たオカンは、嬉しそうにそのまま岡山へ帰って行った。

それから1年半後、転移が見つかった。
あの担当医の言葉に不安を感じていたことが現実になった。
この間、自分も癌については色々と調べていたので、この転移の重大さを知っていた。
それから毎日電話をするようになり、数分の電話で安心することができた。
抗がん剤治療を始め、女性として髪の毛が抜けることが辛いと常に愚痴っていたオカン。

オカンの誕生日に、WEBカメラをプレゼントして、これで、姉の住む横浜と、東京と、岡山がつながるようになった。
これには大いに喜んでいた。たまにする家族のチャットを楽しみにしていたようだった。
その頃から自分の東京のマンションにもよく遊びに来て、身の回りの心配をしていた。
オカンからすれば、子供はいつまで経っても子供だ。

それから転移の期間が短くなり、今年の春についに身体の半分が動かなくなった。
2週間に1度のペースで、東京~岡山間の往復が始まった。日帰りも何度もした。
「仕事はどう?音楽はどう?」
オカンから何を聞かれても、「大丈夫だって。早く良くなって皆で旅行へ行こうな。」もうこれが口癖になっていた。
車椅子を押す度に、色んなことを考えながら。。。
その後、退院して実家に戻ったオカンは、しばらく病状は安定していた。
自分も安心して次のライブに向けてリハを重ねた。

7月28日、入れ違いで横浜から実家に戻った姉から連絡があった。
「今週帰る?」4日前まで実家に居た自分におかしなことを聞くなと思った。
話しをして、とりあえず、検査結果を待った。良くないとのこと。
30日に岡山へすぐに飛んだ。到着したのは、昼前だった。
オカンは自分の居なかったこの数日間で予想も出来ないほどに弱っていた。
翌日の朝方までベッドの横で付き添いながら、どんどん弱っていくオカンを見ていた。
知識もない自分には、痛みをとってやることしか出来なかった。

31日の昼頃、自分たちでは判断が出来ないほどに弱っていたので、急遽看護士さんに来てもらった。
しばらくして、「もう止まる。」と言われた。

その辺からあまり覚えていない。

偶然、訪問に来た多くの親戚や友人と家族に看取られて、静かに息をひきとった。

オカンは、音楽と洋裁が好きなひとだった。
自分がギターを始める時も、アパレルの世界に入った時にも、大いに教えてもらった。
ギターの基礎と、コードなんかもたくさん教えてもらった。
僕は、オカンの遺伝子をしっかり受け継いでいる。

あれから2週間以上が経って、思うことは。
オカンは幸せだったかな~…そればかり思う。それはオカンにしか分からない。
目の前でオカンの死を見て感じることはたくさんあった。
逆に、生きることをどう感じざるを得ない思いにもかられた。
正直、小さいことなんてどうでも良くなった。
今、自分のやるべきことをやっていこうと思う。

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